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服部勇馬の実家が会社経営で凄い?中学高校から才能開花!

服部勇馬 実家

服部勇馬選手は男子マラソンで活躍されていますね。東京オリンピックも出場されるほどの実力者です。そんな服部勇馬選手の実家が凄いんですね!

今回は、服部勇馬選手の実家と高校と中学についても調べました!

Contents

服部勇馬の実家が凄かった!?

東京オリンピックの男子マラソン日本代表候補である服部勇馬(ゆうま)選手は4人兄妹の長男でふたりの弟と妹がひとりいます。

新潟県の十日町市にあるご実家は、服部勇馬選手のお祖父さんの代から会社を経営なさっています。いまの社長はお父さんにあたる服部好位(よしのり)さんです。

服部勇馬選手は3代目にあたりますが、果たしてご実家を継ぐことになるのでしょうか。

服部勇馬の実家は会社経営してる

服部勇馬選手のご実家が経営している会社は『服部総業』といいます。服部勇馬選手は社員ではありませんが、4歳年下の弟、服部風馬(ふうま)さんがこの会社の社員です。

服部風馬さんも兄の勇馬選手とおなじく陸上競技を続けていましたが兄にマラソン選手を続けてもらうために実家を継ぐことを決意したということです。服部勇馬選手も支えてくれている弟にとても感謝しているようです。すばらしい兄弟愛ですね。

服部勇馬の実家の会社の詳細

服部勇馬選手のご実家が経営なされているのは『有限会社服部総業』新潟県十日町市にあり、土工工事や解体工事を請け負っています。
ホームページなどはないですが社員である弟の風馬さんはツイッターをしています。

https://twitter.com/FumaHt

もしかすると仕事についてなにかつぶやく可能性もあるので気になる方がいればフォローしてみてはどうでしょうか。

服部勇馬の実家の場所

服部勇馬選手のご実家があるのは新潟県の十日町市(とおかまちし)如来寺 甲(にょらいじ かぶと)というところです。

如来とはほとけ様を称えていう言葉なのでもしかすると仏教に関して古来から何か深いつながりのあるところなのかもしれません。

服部勇馬の出身中学はどこ?

服部勇馬選手は『十日町市立中里中学校』に入学し、陸上部に入りました。もともと小学校時代にはサッカーをしていましたが、中里中学校にはサッカー部がなく、ご両親の勧めもあり陸上部に入ることとなります。

もし中里中にサッカー部があれば、いまの服部勇馬選手はワールドカップやオリンピックを目指すようなサッカープレイヤーになっていたこともあり得ます。

服部勇馬選手は陸上と同時にクロスカントリースキーも始めることになりました。夏は陸上、冬はクロスカントリースキーで一年中体を鍛えることになって才能が伸びていくことになります。

服部勇馬は中学時代から頭角を表していた

服部勇馬選手は2008年の全日本中学陸上選手権大会の1500m走決勝で7位入賞という好成績を収めました。全国都道府県対抗駅伝の新潟県代表の選手として選ばれ、中学生区間の2区を走って区間4位、9人抜きの走りを見せました。

全国の強豪たちがそろってる場所でのこの走りっぷりを実際に見た人は服部勇馬選手が記憶に残ったことでしょうね。

服部勇馬が通ってた中学校の詳細

服部勇馬選手が入学した中学校は『十日町市立中里(なかさと)中学校』です。体育系の部活には陸上競技、野球、卓球、バスケットボールなどがあります。

服部勇馬選手も所属していた陸上部は、いまも地元の駅伝大会には積極的に参加しています。

服部勇馬の出身高校はどこ?

長距離走や駅伝大会で人一倍いい成績を収めていたのでいろいろな高校からスカウトされていたのでしょうか、中学を出た服部勇馬選手は地元の新潟県ではなく宮城県仙台市にある『仙台育英学園高等学校』に進むことになります。

仙台育英高校の陸上部の監督が服部勇馬選手の才能に目をつけ強くスカウトしていたらしいです。

服部勇馬は高校時代でも活躍してた

2010年、高校2年生の服部勇馬選手は10000m走で当時としては高校2年生歴代2位の28分58秒08という記録を出します。

翌年の2011年、青森県で開催された高校総体(インターハイ)では5000m走に出場し5位入賞となり、やはり好成績を収めています。

服部勇馬選手は陸上競技だけでなくクロスカントリースキーでも活躍しています。クロスカントリースキーとは雪の上をスキーで何キロも滑っていく競技で、雪上でのマラソンと言ってもいいですね。

千葉の大会で2位、福岡の大会では4位と好成績を残し、世界クロスカントリー選手権大会U20の部の日本代表にも選ばれました。

服部勇馬は全国高校駅伝で苦い経験をしてた

さて、東京オリンピック男子マラソン日本代表候補である服部勇馬選手は中学高校の長距離走大会で快進撃を続けられていたのでしょうか。

実はそういうわけでもなく、2011年の全国高等学校駅伝競走大会で第1区を走った服部勇馬選手は脱水症状を起こしてしまい区間順位は21位、仙台育英高校の総合順位は12位と納得のいく走りが出来ないまま終わってしまいました。

結果は残念ですがこの経験があるからこそ、その後も人一倍努力することができたのだと思います。

服部勇馬が通ってた高校の詳細

服部勇馬選手が入学したのは宮城県仙台市宮城野区にある『私立仙台育英学園高等学校』です。1905年設立の100年以上の歴史ある学校です。

スポーツが盛んで、野球・サッカー・ラグビー・陸上・駅伝・剣道の強豪校として知られており、野球・サッカーはテレビ中継もされていたりとくに大きく報じられているので、「仙台育英高校」の名前を一度でも聞いたことのある方はかなり多いのではないでしょうか。

服部勇馬さんは2008年から2011年まで在籍していました。

服部勇馬のプロフィール

生年月日 1993年11月13日
現在の所属 トヨタ自動車
出身地 新潟県
身長/体重 176cm/63kg
出身校 中里中学校(新潟県)→仙台育英高等学校(宮城県)→東洋大学(東京都)

自己ベスト

5000m 13:36.76(2015.7 ホクレンディスタンスチャレンジ北見)
10000m 28:09.02(2015.7 ホクレンディスタンスチャレンジ網走)
マラソン 2:07:27(2018.12 福岡国際マラソン)

服部勇馬の実家・高校・中学のまとめ

ということでまとめです。

服部勇馬選手のご実家は『服部総業』いう建築会社で、土工工事や解体工事を請け負ってます。創業は服部勇馬選手のお祖父さん。現在の社長は父である服部好位さん。4つ下の弟の風馬さんが社員として働いています。

十日町市立中里中学校で陸上競技を始め、駅伝・長距離走で好成績を収めました。仙台育英学園高等学校でも同じく陸上部へと入り活躍されることとなります。

2020年夏の東京オリンピック男子マラソンでも、さらにその後の活躍も期待できそうですね。