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梅野隆太郎(阪神)母とのエピソードが泣ける?身長と年齢を調査

阪神で「梅ちゃん」の愛称で親しまれる梅野隆太郎捕手。今シーズンの十分な成績に満足せず最強な捕手となるために、日々努力を続けています。この努力の裏には母との約束や周りのサポートが関係しています。

今回は、梅野隆太郎選手のプロフィール、母とのエピソード を含めてまとめてみました。

Contents

梅野隆太郎母(阪神)との約束を果たしたプロ野球選手への道とは

梅野隆太郎選手は2013年ドラフト4位でプロ入りしています。梅野隆太郎選手がプロ野球選手にになるまでには、数々の苦労がありました。それでもプロ野球選手を諦めなかった背景には、梅野隆太郎選手の母の約束があったようです。

梅野隆太郎選手の母は34歳という若さで他界されています。梅野隆太郎選手の母との感動するエピソードを紹介します。

梅野隆太郎選手が野球を始めたのは小学校2年生、8歳の頃でした。野球を始めた頃から野球が大好きで毎日欠かさず練習に通っていたそうです。しかし、そんな梅野隆太郎選手に悲しい出来事が起こります。

梅野隆太郎選手の母でもある啓子さんが、末期ガンで余命2か月の宣告を受けるのです。梅野隆太郎選手はお母さんに会いにユニフォーム姿で毎日お見舞いにいったそうです。そして病院で母に「プロ野球選手になりなさい」と言われます。

その後、母は梅野隆太郎選手が10歳の時に他界します。母とした「プロ野球選手になってほしい」という願いを叶えるために、梅野隆太郎選手はプロ野球選手を目指して日々練習を明け暮れます。

そして、約束して約10年後、母との約束を果たす日がやってきます。プロ野球のドラフト指名です。ドラフトを経て悲願のプロ野球選手になりました。

ドラフト指名を受けた日、梅野隆太郎選手は母の仏前に手を合わせて報告したそうです。梅野隆太郎選手は、母との約束がなかったらプロ野球になれなかったと言っているほど、母との約束を守りたい気持ちが強かったそうです。

親孝行である梅野隆太郎選手と母のエピソード、きっと梅野隆太郎選手の母は天国で喜んでいることでしょう。

梅野隆太郎(阪神)が結婚!入籍日に込められた母への想いとは?

梅野隆太郎選手はかっこよく人気の選手ですが、2017年に福岡県出身で2歳年上の女性と結婚しています。結婚した女性は一般人で美容師をしていたようですが、美容師を諦め「アスリートフードマイスター」を取得し、梅野隆太郎選手のサポートに専念しています。

そんな2人が入籍した日は3月21日。入籍した2017年3月21日は梅野隆太郎選手の母でもある啓子さん(享年34歳)の50歳の誕生日です。

梅野隆太郎選手は母に対し、生んでくれたこと、プロ野球選手になってほしいと願ってくれたことなど母に感謝の想いで、母の誕生日に入籍をしたようです。梅野隆太郎選手にとって、3月21日はさらに大切な日になりました。

守る家族を持ち、これからの活躍を誓った梅野隆太郎選手。梅野隆太郎選手の母も見守っているでしょう。

梅野隆太郎(阪神)の身長は?身長をカバーした体格は父のサポートもあった

梅野隆太郎選手の身長は173cmと小柄です。小柄な身長ですが、がっちりとした体格で阪神タイガースの正捕手の座を手にした理由には、幼少期からの父のサポートが関係しています。

梅野隆太郎選手の父(義隆さん)は、梅野隆太郎選手と同様、病床の啓子さんに「息子をプロ野球選手にさせてください」と夢を託されます。そこから、梅野隆太郎選手の父にとっても息子をプロ野球選手にすることは夢となりました。

啓子さんの他界後、男手1つで2人の息子を育てます。プロ野球選手として梅野隆太郎選手を育てるために、野球の練習で帰りがどんなに遅くても、白いご飯や肉などのバランスの良い食事がでてきたそうです。その他にも、家では炭酸飲料禁止で青汁と野菜ジュースしかなかったとうエピソードもあります。

また、少年野球のコーチでもあった父は、梅野隆太郎選手をプロ野球選手にするため厳しく育てています。梅野隆太郎選手は厳しくされることに耐えられず、反抗期は口を聞かないこともあったようです。

しかし、今では父とも仲が良く、父も梅野隆太郎選手の野球の試合がある時は、仕事を早く終え、試合を応援しているそうです。息子2人を男手1つで育て、梅野隆太郎選手をプロ野球選手にするのは相当な苦労もあったでしょう。そんな父の幼少時からのサポートがあったからこそ、シーズンの正捕手として活躍できる梅野隆太郎選手が生まれたのでしょう。

梅野隆太郎選手の両親の夢でもあったプロ野球選手。今後も両親の応援を背にさらに活躍が期待されます。

梅野隆太郎(阪神)のすごさとは?阪神タイガースに必要とされる理由

梅野隆太郎選手のすごさは、強肩でフィールディングのよさです。2019年9月24日に日本新記録となるシーズン120捕殺を達成、この記録が更新されたのはなんと65年ぶりです。強肩で瞬時の判断が走塁を捕殺しています。

このフィールディングのよさでで何度チームのピンチを救ったことでしょう。守備に加え、正捕手としてマスクをかぶるようになってから、打撃ものびてきています。捕手としての能力に加え、チームを引っ張る声かけや周囲の気配りもできる梅野隆太郎選手は阪神タイガースで欠かせない選手です。

梅野隆太郎(阪神)の年齢は?阪神で20代で与えられた役割とは?

梅野隆太郎選手は現在28歳ですが、なんと27歳で阪神タイガースの第17代選手会長に就任しています。入団5シーズンめでの選手会長の就任は、球団史上最速です。

球団が若くして選手会長に指名した理由は、球団が梅野隆太郎選手にチームを引っ張ってほしいという気持ちも込めたのでしょう。梅野隆太郎選手は、選手会長就任後の2018、2019年シーズンはチームに貢献する活躍をしています。

これからも選手会長としてチームを引っ張っていく梅野隆太郎選手に注目が集まりそうです。

梅野隆太郎(阪神)が一流の選手になるために高校プロ入りを止めた恩師の助言とは?

梅野隆太郎選手は、大学卒業後にプロ入りしています。高校ドラフトに選ばれる可能性もありましたが高校でのプロ入りをさけています。

高校のプロ入りをやめ、大学進学した理由には、恩師である福岡工大城東高校(現東海大福岡)の杉山繁俊監督の助言があったといいます。杉山繁俊監督とのエピソードを紹介します。

梅野隆太郎選手は母との約束もあり、「ドラフトに指名されるなら早くプロになりたい」と高校卒業後、プロ入りを希望していました。しかし、福岡工大城東高校は1学年上に名捕手がおり、正捕手になったのは2年の終わりからですので正捕手としての経験は約1年です。実力はあるものの、捕手としての経験が足りず高校ドラフトでは十分な評価が得られず、入団しても下位指名でした。

そのこともあり杉山繁俊監督は、「大学で経験と身体づくりをして、評価されたうえでプロに行くべきだ」と大学進学を進め、その助言を聞き梅野隆太郎選手地元の福岡大学へ進学を決断します。

福岡大学では、1年より正捕手としてマスクを被り、4季連続全国大会出場、日米野球の日本代表に選ばれるなどの成績を残します。その評価が実を結び、ドラフト4位で阪神タイガースに入団します。

プロ野球選手は入団する年齢が遅くなると、その分プロとして活躍できる年数が短くなります。そのような中、梅野隆太郎選手は恩師の助言を受け大学進学しました。ドラフトで下位指名されるとすぐに1軍で活躍することは少ないです。しかし、梅野隆太郎選手は上位指名を受け1年目より1軍でマスクを被ります。

そして4年目にして正捕手の座をつかみました。杉山繁俊監督の助言がなければ今の梅野隆太郎選手はいないかも知れません。

梅野隆太郎(阪神)のプロフィール

生年月日 1991年6月17日
出身地 福岡県 那珂川市
身長・体重 173cm・77kg
ポジション 捕手・右投右打
星座・血液型 ふたご座・A型

梅野隆太郎選手は小学校2年生より野球をはじめ、地元の高校・大学卒業後、2013年阪神タイガースからドラフト4位指名されプロ入りしました。

プロ1年目から1軍でマスクを被り、2018年より正捕手に定着します。2018年にはゴールデングラブ賞、2019年には捕手のシーズン捕殺日本記録を達成しています。

梅野隆太郎選手は、今後の活躍が期待される選手です。

梅野隆太郎(阪神)母とのエピソードが泣ける?身長と年齢を調査!まとめ

梅野隆太郎選手が身長173cmという小柄な身長を体格でフォローし、プロ入りした背景には、梅野隆太郎選手の母との約束がありました。

梅野隆太郎選手の父をはじめ周囲のサポートもあり、プロ4年目にして正捕手の座をつかみます。若くして選手会長に就任するなど阪神タイガースには欠かせない存在になった梅野隆太郎選手。

しかし、梅野隆太郎選手は正捕手に定着するだけがゴールとは考えていません。更なる一流選手になるため、打撃を含め日々練習に励んでいます。2020年には東京オリンピックもありますので、これからの梅野隆太郎選手にますます注目です。